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Channel: 九州戦国ブログ~室町末期から江戸初期まで~
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4_起請文_上申文書---古文書学のススメ

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御無沙汰しました。古文書学の窓です^^/
大河平氏の記事を、もぅちょっと推敲したいので、ためてたコッチ更新します^^
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えっと、まず起請と起請文って別の意味でした。
起請で江戸期まで続いたのが、火起請と湯起請でして、
儀式・・・えっと手を熱湯に突っ込んだり、焼けた火鉢を掴んだりして神意を問うん(有罪無罪の判定)ですね。
で、その時に起請文をかくために、起請も起請文も混同されたようです。

起請文・・・その古代からの成り立ちを書くとなると、ニュアンスの違いを伝える自信がないので、パスで。
起請文とは、後日の証文として、永続的効果を有するものとして作成されます。
別名として罰文、告文、神判、誓紙(誓詞)と呼ばれました。
書出し⇒敬白 起請文事
内 容⇒①「ある事柄に対し偽りない事を宣誓」
      ②「宣誓内容に偽りあれば神仏の罰を蒙るべきこと」
①の部分を起請文前書、②の部分を神文と言います。

②の神文に宣誓を破った時に神罰を与える神様名が記入されるんですが・・・・
時代がくだるにつれて書かれる神様が増えまして・・・( ̄ko ̄)
佐藤先生曰く「戦国時代には(神様の名前が)極めて多い」だそうです^^;
まぁ、それだけ戦国時代は「起請文したのに裏切ったーーー」って多かったんでしょうな ( ゚Д゚)y─┛~~

列記する神様は、梵天・帝釈・四大天王にはじまり「日本国中大小神祇冥道」と包括的表現した後で、
個別の神名を列挙するのが通例。
で神文結びの神様が、御当地鎮守や一宮を書くわけです。

従って起請文の神文を手掛かりに、当時の地方の信仰を知ることができます。
一宮といえば、肥前の一宮争いですが・・・
戦国当時の起請文ですと、総鎮守が川上社で一宮が千栗八幡宮になってるから、
肥前国一宮と認識されてたのは千栗八幡宮っぽい^^;
でも総鎮守(氏神)と一宮(守護神)の違いって・・・・微妙~~~シオ、説明できない!(@@)

話し戻して、起請文が長文ですと前書は通常の料紙を用い、
神文部分は牛王宝印と呼ばれた護符(A4サイズくらい)の裏に認めます。
これは戦国時代の永禄年間頃から一般化してます。

列記する神様数が多くなると、牛王宝印を貼り継ぎ貼り継ぎして__φ(.. ) カキカキ
石田三成、増田が連著して豊臣に背かぬと出した起請文では、三枚使ってるそうです^^;
で貼り継ぎ使用の場合は、書出しと書止めを一枚一枚ごとに書いてます。

で、起請文って誠意を強調するために血判する場合ありまして・・( ̄ko ̄)
初見は1338年なんですが、多数出るのは・・・もちのろん、ザ・戦国時代^^;
特にというか当然というか、血判起請文は武士相互間で取り交わされた場合が圧倒的に多い^^;

血判も初めは花押の下にチョンっと血を塗りつける程度だったのが、徐々にヒートアップ。
花押そのものを己の身血を墨代わりにして認めるのが出始める(島津家文書・米良氏の起請文)
ついには花押だけでなく起請文全文を血で書く凄いのもあるそうな(((((( ;゚Д゚)))))ガクガクブルブル

もっとも流石に全文を血でかくのは身体に(・A・)イクナイ!!
墨に血を混ぜて書いてたそうですが・・・・・・・・怖いよ~~゜・(つД`q。)・゜・
大げさになればなるほど、、、起請文が守られてない事への反動なわけでして^^;
起請文は、時期や宣誓の内容などで、書いた当時の政治状況が窺える貴重な史料なのでした^-^

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