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Channel: 九州戦国ブログ~室町末期から江戸初期まで~
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【公式(くしき)文書_三・符(ふ)】古文書学入門(改)

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参照:佐藤進一著「新版 古文書学入門」

符・・・って言われると、実はホラーか陰陽師っぽいイメージしかかった管理人です(。-_-。)

公式文書における符は直接上下関係のある役所間に交される文書で、
上の役所から下の役所へと下す文書です。

役所TOPは太政官です^^/
符の特徴は、通常の官庁文書は日付が先で署名が後ですが、符は逆だそうです。

官庁文書には必ず官印が捺されていたんですが、大きさ・印文・材質に細かい規定がありました。
最大は「帝の印」(内印)
次が「太政官印」(外印)
他各省庁、各国印、郡印と色々イパーイ種類があった。

で使用するときは全て朱印で、黒印はありませんでした。^^b
で、公式文書における官印は、その文書が間違いない確実ですよって証明するためのもの。
だから後世の武家様文書における花押の代わりとしての朱印・黒印と意図は全く違います。
現代の契約書などにおされる実印や、ビジネス文書に押される認印の方に近いです。

えっと~律令制で神祇官(じんぎかん)という官庁がありました。
朝廷の祭祀 (さいし) をつかさどり、諸国の官社を総轄し、太政官と並ぶ最高官庁とされていました。

「大化の改新」の理念として「政治(太政官)と祭祀(神祇官)」の二本立てで国造りしたいという理想ワールドがあったようです。
このあたり自分は全く門外漢ですので、参照文献の孫引きです( ̄ω ̄A;アセアセ

が、現実は理想通りではなく太政官と神祇官は上下関係だったようです。
太政官から神祇官へと符が出されています。

イメージ 1


え~と、神祇官を引っ張り出したのは、単に参照文献で紹介してたから・・・だけでなく、古代日本は祭政一致だったからです。
いま現在において、最後の祭政一致だった帝は「建武の親政」で教科書に紹介される後醍醐天皇。

はい。既に武家の時代が始まってますよね。
武家の現実的な欲求と、旧に復そうとする後醍醐天皇とが噛み合わず「建武の親政」はアボーン失敗し、
紆余曲折して室町幕府という武家政権が誕生します。

神社と公家
神社と武家
神仏習合における神社と仏教

これらは互いに深い関係があり、素人の産毛が多少太くなった程度の自分では、まだまだまだまだ理解不足(。-`ω-)ンー
てことで、せめてせめて「言葉に慣れる」と言うか、「本来の意味を知って」おかないとヤバイわけです(; ・`д・´)
言葉が判ると、そこを突破口にして検索して更に深い部分も調べられる。
それで、予備知識が ちーーーっとはある古文書学を通じて律令時代から勉強しなおしてました^^;

算数と一緒です。九九を覚えないと割り算も掛け算も分数も挫折しちゃうでしょ。
歴史も積み重ね。
ちょっとずつ、ちょっとずつですが、自分も知識の底上げに精進します。^^;

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