はじめに・・・この古文書学は理屈・・・もとい学術的な学問としての解説です。
何か(実技編)を期待した方にとっては「知りたいのは、この方向じゃない」かも、しれないことを予め御了承下さい。
参照:佐藤進一著「新版 古文書学入門」
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翻刻版古文書の読み下しが目的で始めた古文書学入門。
その間口は一見普通っぽい気がしたら、奥行きが深く奈良時代まで遡る羽目にヽ(。_゜)ノ アレ?
やっと平安時代まで来ましたの~おほほ
平安時代中期に入ると、国守は在京して任地に赴任しないで代理人を派遣しました。
室町時代の守護と守護代の関係に似てますね(*´pq`)
で、国守の代理人を目代(もくだい)と呼びました。
で、目代の下には実際に実務に携わる長官(在庁官人)がいました。
目代と在庁官人によって構成される国庁を留守所(るすどころ)と呼びます。
でもでも中央から諸国に指示命令を発布するときには、やっぱ現地にはいないけど国守を通さなければならない訳で。
この中央からの指示を国守から在庁官人に宛てて出す文書が『庁宣』です。
これは国守が現地に行かず、在京したままになった事に伴い発生した文書形式です。
さて九州です。
九州には大宰府という統括機関があります。
で、大宰府長官は遠い九州には行かず京都にお住まい~
大宰府長官が在庁官人に出す庁宣を『大府宣』と呼びます。
この大府宣は・・諸国に出される庁宣と、大宰府長官が出す庁宣を、区別するために呼ばれたものです。
ちなみに庁宣を国内に下達施行するには、留守所から下文を出します。
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ゆっくりですいません。。。
あちこち手を広げず一つ一つ知識を深めたいと・・・思います。
変わらないのは・・・・超絶マニアック路線,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブハッ!