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Channel: 九州戦国ブログ~室町末期から江戸初期まで~
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【三氏相互支援】相良史・相良義陽---19

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久々~さがらん更新です^^/
出典:八代日記・南藤曼綿録~~今回は「判り易さ補完」の為、ちょっぴり小説風アレンジ(*´pq`)クスッ

北原家の家臣に白坂下総介という者がいた。
白坂の父は1542年の北郷(ほんごう・島津の分家)との戦で戦死している。

後年の話(江戸初期)になるが、白坂の亡父は五穀豊穣の祭神として祀られ、
今日でも毎年6月に奉納舞が行われている(高崎町・谷川俵踊り)。
これらを鑑みるに北原家中において白坂家は、それなりに筋目の家だったのであろう。

1560年に北原氏13代目当主が死んだ後に、伊東義祐の横槍で北原家の家督は乗っ取られ、
(13代目の未亡人が伊東義祐の次女・伊東は自分の意のままになる北原庶流と再婚させて家督を継がせた)
伊東は北原当主候補と反対派家臣を殺し、北原領は1562年頃には、伊東の勝手次第となってしまう。
 
白坂下総介
「伊東の専横を断じたくとも、反対派の同士たちは全て伊東に殺されてしまった・゜・(PД`q。)・゜・」
「家督を傍流(150年以上も前に別れた庶流なんぞ主君と仰げるか・怒)に奪われ、もはや北原家は無いも同然(´;ω;`)ウッ
「かといって御家再興といっても、当主候補も伊東に殺されたゆえ、当主となるべき方が誰も・・・・」
「・・・(北原家系図を脳内再生中)・・・(ノ´▽`)ノオオオオッ♪一人いるではないか!!」

 
イメージ 1
 
話は74年前の1488年に遡る。

かつて北原家8代目当主には4人の息子がいた。
長男・次男が死亡し、次男には茂兼という男子がいて血統的順番であれば、茂兼が当主になるべきだったのだが、
まだ当時は幼少だったので、8代目の3男が9代目当主となり、
と、まぁ「ここまでは穏便な流れ」。

「流れが不穏」になるのは9代目当主が、1485年(文明17)「第二次飫肥の役」で戦死してからだ。

「第二次飫肥の役」は(伊東+北原)連合軍VS島津軍の争いで、
島津軍が伊東軍本陣を攻撃し、伊東+北原側の大敗北となって9代目北原当主も戦死した。

幼少だった茂兼も若年ながら成長したので、いったんは家督を継いだ。
ところが3年後の1488年(長亨2)~家系図でいうと8代目の4男・・・つまり茂兼の叔父・兼珍が家督を奪い10代目当主となってしまう。

いったん家督を継いだはずの茂兼が10代目にカウントされてないのは、
おそらく兼珍の血統から11代・12代・13代と系譜が続いたからだろう。
思えば家督簒奪の兼珍の系統が、今度は伊東義祐に家督を乗っ取られるのだから「因果応報」かもしれない。

それはさておき72年前の茂兼クン~~~
叔父・兼珍を当主とするのが不服で(当然)、母方の実家である相良家へ亡命したんです。

本来なら10代目のはずだった茂兼クンは、リベンジするチャンスが無いまま肥後で没し、
そこで男子を儲けて、その男子も死んで、孫の代となり名は兼親という男子が相良家へ寄宿していた。
(三代に亘る政治亡命というか、孫の代となると単なる居候?)

白坂下総介
「ワシとしたことが迂闊であった、思えば兼親様こそが本来の当主ではないか♪ヽ(*´∀`)ノ」
「だが、相良家と北原家は、かつて北原が相良領に侵攻した件(16代義滋の時)や、相良から亡命してきた謀反人を匿った事もあって、関係良好とは言えない」
「いきなり相良家へ打診して《兼親様を利用されて》《伊東家が相良家が変わるだけ》となっては元も子も無い」
「よし!ここは慎重に《まず相良家と友好関係にある島津家》に打診しよう!島津がいれば相良だけの自由にはならず、北原家の家督を伊東から取り戻せるに違いない」
 
 
この時代、いきなり相手のトップに押し掛けるような非礼は(普通は)しない。
まず相手の家中で、しかるべき地位の人物に話を通じ、証人&仲介してもらいます^-^

白坂は島津家の重臣・樺山氏に「北原家の事情と兼親様への助力」を訴えた。

島津家にとっても伊東家の勢力拡大に危機感を感じていたところだ。
北原を支援することによって「伊東への抑え」になるし、島津と相良が監視し合えば「相良の日向への勢力拡大も防げる」。
重臣・樺山は、すぐさま主君・島津貴久に白坂の件を言上した。

貴久は「承知と、白坂に伝えよ。樺山、相良への手配りを致せ、それと北郷(ほんごう)にも北原支援に助力を依頼せよ」

樺山「は・・北郷と北原は長年係争しておりましたが、承知しますでしょうか?」

貴久「北原領内・周辺地域の事情は、北原の敵であった北郷が最も詳しい。
   それに北郷にとっても伊東が巨大になりすぎるのが脅威のはずだ。
   いずれにせよ伊東軍と交戦するとなれば北郷の助力が必要になる。
   なれば初めから声をかけて、誇り高い北郷の顔を立ててやれば、納得するであろう。」

樺山「畏まりました。伊東は年々力を着けており猶予はごさいません。ただちに動きます。m(_ _)m」


相良義陽にとっても、伊東が突出して大きくなるのは喜ばしいことではない。

この話に乗った。

こうして相良家・北郷家・島津家による北原家への三氏相互支援が決定した
次回「悲劇の姫様」~さて姫様のデータ集めだ~それは・またの話 by^-^sio

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