歌合戦の出典元
「島津世禄記~宮之城島津家編纂」
初代・尚久(島津4兄弟の叔父)から数えて4代目・久通の命で編纂されました。
三国擾乱記~土持仙巌が享保年間に書いた「宮之城記」を幕末~明治にかけて再編纂。
装丁の表題は島津久光の書らしい~~
ちなみに土持仙巌は、宮之城島津の家臣。
相良側の資料では9月27日城明け渡しとあるのですが、今回は島津側資料を元にしたいと思います。
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天正9(1581)年8月18日~島津軍着陣!<( ̄^ ̄)/ビシ★
八景ヶ尾に島津義久(長兄で当主)勢23000、銭亀ヶ尾に義弘(次男)勢17000、出水陣に義虎(分家筆頭で義久の娘婿)勢13000。
※後に義久勢は出水陣に移動し、熊ノ岩牟礼の陣へ3男歳久(新納忠元含む)が、軽石ヶ尾の陣へ末弟・家久が移動。
総勢5万余~島津4兄弟揃い踏み&オプション親指武蔵の豪華ラインナップ。
対する水俣城は犬童頼安を城主に兵1000が籠る、将兵を指揮するのは岡本頼氏。
実は記録では「人数」ではなく「騎数」になってるんです ( ̄ko ̄)チイサナコエデ
騎馬武者(指揮官)が万単位だと、動員兵数がトンデモないことになるんで、
「人数」に置き換えました・・・( ̄O ̄A 汗フキフキ
島津勢は盾を立て、水俣城を一面に囲んだ。
翌日、相良兵が水俣城の大明神口より討って出る。
このとき島津側の討死にが140余人、相良側が160余人。
実は相良側では朴河内(ほうこうち)城の城主・東頼兼、頼一親子の不甲斐無さに憤っていたのです。
天正7(1579)年~島津軍1回目の攻撃⇒⇒城主親子が城も兵も家族も置き捨て遁走~八代の援軍で持ち堪える
天正8(1580)年~島津軍2回目の攻撃⇒⇒落城アボン⇒⇒城主親子~自害せず生き延びたが、流石に恥じて謹慎中。
「朴河内城での恥を雪ごう」と、大軍に囲まれてるにも関わらず、水俣城兵は勇を鼓して討って出たのでした。
もちろん、この程度の損害では島津軍の陣容はビクともしない。

ロン様作成:島津家紋ロゴ
島津勢は更に鹿垣(竹や枝つきの木で粗く編んだ垣)を結わえた物を立て番手を置くと、日暮れより鉄砲を撃ち掛け、鯨波を上げた。
あ、鯨波って「鬨の声(例:えいえい(大将)おー(兵士が応える)」のことです^^b
攻め取るのではない、圧倒的な兵力と攻撃によって、城側を降伏させる。
完全なる包囲戦・・・それが島津軍による水俣城攻撃だ。
南肥後一帯を支配下に置く相良という狼から、その牙を抜き爪を切るためには、完璧な勝利が必要なのだ。
途中で和議などは断じてない、水俣城が降伏するまで攻撃は続く。
報告を受けた相良義陽は、八代勢を率いて葦北まで出陣したのだが、退路を塞がれるのを警戒し八代へ引きかえしている。
一部サイトで、島津では義陽が援軍に出てこれないように、東郷氏を配置したとあったが出典不明なので詳細は未確認。
ありえない話ではないなぁ~薩州の義虎と東郷は揉めてた時期あったから、義虎と同じとこには配置しないで遊軍に使うのは不自然じゃないかも。
激しい攻防戦のなかで、高名な歌詠みが起きたのだが・・・・
実は歌を詠んだのは城主の犬童頼安じゃないんです。
(ウィキペディアでは犬童になってるので、みんな犬童だと信じてるだろうなぁ)

ロン様作成:相良家紋ロゴ
最初は島津軍から矢文が届きました^^大軍の余裕~
島津家臣・瀧聞美作守<「秋風にみなまた落つる木の葉かな」または「落ちてみなまた秋風の木の葉かな」
(素人の超意訳:水俣城は秋風で落ちる木の葉のように落ちるだろう~さっさと落ちろ( ̄∀ ̄)6mプギャー)
むむっ!釣りか?だがスルーしたら相良家の名折れだ~と云ったかは知らない^^
水俣城側からの返句として、奥越前守<「寄せては沈む浦波の月(或いは「月の浦波」)」
(寄せ手(島津)は、浪間に沈む月~そっちこそ波の下で溺れちまえ!( ̄∀ ̄)6mプギャー)
と思ったが別のサイトだと解釈違うぉ^^;
なかなか小癪な返句だなぁ~どれどれワシが一句_φ( ̄ー ̄ )スラスラ~~なんて遣り取りしたか知らない^^
新納忠元<「真砂路を飛び立つ(或いは「鳴き立つ」)雁の峯越えて」
(・・・・・・・・・・・・・・もう無理~誰かお洒落に超意訳プリーズ!!><;アウチ☆)
8月20日、力尽きた水俣城は降伏した。
ただ相良側の史料だと丸々ひと月ずれてる^^;
どうも暦が相良と島津だと使ってたのが違ったらしい。
どっちも太陰暦だけど昔は暦の種類色々あって、暦が全国統一されるのは天下統一されてから。
相良義陽は、自力で島津に抵抗することを断念。
9月2日に龍造寺家へ起請文を提出し援軍を請うのだが、相良側暦だと降伏前になる。
いずれにせよ単独では無理と判断したのだが、それは・またの話 by^-^sio