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【ISAHAYA★in西郷・了】西肥前強化期間リサーチ6武家目

戦国記事、年内投稿は本記事が最後です。
今年一年お世話になりました。
来年も宜しくお願いします^-^

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戦国時代に中立はない。
従わなければ「敵」と見做され攻撃されます。

1577年(天正5)6月下旬、龍造寺勢が諫早侵攻を目指し、手始めに宇木城(有喜町)を攻略

実は、この龍造寺勢の中に西郷純堯実弟の深堀純賢がいました。
深堀純賢は長崎攻撃の折に龍造寺から支援を受けて、兄より一足早く実質配下になってたんです。

西郷純堯は龍造寺と戦うべく有馬氏に援軍を要請しました。
ところが、この時既に多くの西肥前国人が龍造寺に降り配下となっていたため、有馬氏には援軍する余力がなかったんです( ̄ω ̄A;アセアセ
有馬が援軍してくれない事に怒った西郷純堯始め一族は、これで完全に有馬と手切れとなりました。

龍造寺勢の攻勢に大ピンチだった西郷純堯は、それでも100日あまり籠城。
その後、龍造寺勢にいた実弟・深堀純賢の仲介により滅亡を免れます。

北肥戦誌曰く
純堯は降伏、隆信と対面し、純堯の子・西郷純尚(後に信尚)を隆信の婿とする約定を交わすと、
自らは隠居し小野城へ入った。

ん?「隆信の婿」? やだこれ・・・・ものすご~~~~~~~く紛らわしい!!
西郷純堯が対面したのは文面の流れからいって、おそらく(龍造寺)隆信。
西郷純堯の嫡男・純尚が婿になったのは(松浦)隆信の方!
北肥戦誌が苗字を省略して記述してるので、北肥戦誌を参照した他の文献・サイト等もゴチャ混ぜになってます^^;

もしくは松浦隆信の娘を、龍造寺隆信の養女にしてから西郷純尚に嫁がせてるかもです。
(それなら、どっちの隆信でも婿には違いないwww)
西郷純尚は偏諱を受けて信尚って諱を改めるんですが、偏諱の方は龍造寺隆信の方からだと思います。

西郷純堯は隠居後、ほどなく亡くなったと言われています。
家督を継いだ西郷信尚は、実叔父である深堀純賢と組んで長崎氏攻撃を続行してます^^

で、龍造寺が沖田畷で敗れて、秀吉の九州征伐はじまって・・・

西郷信尚は、豊臣秀吉の島津征討に参陣しなかったために改易決定

叔父様・深堀純賢がシッカリ生き残ったのに、西郷信尚が便乗しそこねた理由は判りません。
何度も言うように史料がない為、前後の事情が皆目分からないからです。
北肥戦誌では病の為、挨拶出来なかった~~てな事になってる。

1587年(天正15)9月に西郷勢は抵抗を試みますが、龍造寺家晴(諫早龍造寺初代)の前に敗れます。
で、この大敗した時に信尚は、文書類を全て焼却しちゃったそうなんです il||li _| ̄|○ il||l

改易に絡んで何かやらかしてたのかもしれません。
落ち延びる慌ただしさの中で、文書の中身を選んで処分する猶予はなかったんでしょう・・ (゜-Å) ホロリ





1588年の北肥戦誌によると、西郷信尚は龍造寺政家の妹婿となってます。
妹って何処の誰だよ・・・・・・il||li _| ̄|○ il||l
ゲホゴホ・と、とにかく龍造寺政家から80町を与えられ浪人してたそうなんです。

で、大坂にいた小西行長を通じて御家再興を訴えてました。
裁定が下りないうちに「天正肥後国人一揆」が勃発し、西郷信尚は便乗し諫早で一揆をおこした。
経過省略で、扇畑での合戦で信尚は敗れます。
ただ信尚本人は関わって無くて、首謀者は弟って書いてるサイトもありました。
扇畑の場所は特定できなかったけど、船越町・埋津の側みたいです。

江戸時代の老人力・伊能忠敬の測量日記によると、埋津のあたりには埋津川があったそうな。
これが本明川もしくは半造川の支流だったのかどうかは、測量日記が詳しすぎて(爆)自分の知識が追いつかず~判りませんでした。

西郷信尚は妻の実家である平戸に逃れて松浦鎮信(妻の兄or弟)に仕え、同留衆に列せられて500石を拝領します。
ウィキペディアだと信尚妻は、松浦隆信でなく松浦鎮信娘になってます。
でも鎮信の正室が西郷信尚姉or妹ですから、何というか西郷関連は系譜が混乱してるようです( ̄ω ̄A;アセアセ

それと一族全て平戸に行った訳でなく、西郷信尚の弟が薩摩へと赴きました。
てことで、薩摩の西郷ドンに繋がります^^b
ただ薩摩には既に西郷姓の者が土着してるので、信尚弟は同族を頼ったのかもしれません。

西郷氏が文書を処分した理由って、肥後国人一揆に絡んだものかもしれません。
とにかく慌ただしく全部焼却しなければならない「何か」が、西郷氏にはあったんです。
郷土史マニアとしては、幻の西郷文書が凄い気になるんですが、これ以上は推測しようがないので、ひとまずリサーチ終了とします^^

さて、次なるリサーチは「武雄・後藤氏」なのだが、それは・またの話 by^-^sio

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