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河上神社文書177_千葉胤勝同興常蓮著書下

緑文字---原文(翻刻版)ママ
青文字---読み下し
赤文字---意訳
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肥前国佐賀郡河上山座主職、并御社領等之事、任先例之旨、可有執務之状如件
天文弐年
 十月十七日       平(千葉)興常(花押)
                平(千葉)胤勝(花押)
  河上山
   実相院

これは簡単に意訳で__φ(.. ) カキカキ
河上山実相院に座主職と社領を先例通り安堵しますよ~って事です。

実相院というと京都の方が有名ですが、ここ肥前では河上神社の別当寺院のことです。
※別当寺(べっとうじ)とは、神仏習合だった時に、神社を管理するために置かれた寺。
従って、実相院のトップ=河上神社のトップ⇒⇒座主職が兼務だったんです^-^

この年は大内義隆家臣・陶興房が北九州の彼方此方でハッスル攻略してた年です。
で両千葉氏が連署で出してるって事は、東西千葉氏が和睦してたってことでしょう。
ちなみに蓮著の場合、左側が上位者です。
この横書きでいうと、下の方に書いたのが上位者 |文書|・ ̄)じぃー
西千葉氏の方を上位者という位置づけにしてます。

同年に陶勢と少弐勢が神埼郡で合戦してたんです。
勝敗がハッキリ調べきれなかったんですが、
結果として東西千葉氏が和睦し、西の胤勝が上位者になってるのを見るに、少弐側が勝利したんでしょうな( ゚Д゚)y─┛~~ 

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