緑文字---原文(翻刻版)ママ
青文字---読み下し
赤文字---意訳
漢字だらけ~~゜ ゜( ∀ )ぅ!?って方は意訳の赤文字部分のみ読んでくださいませ~
http://history.blogmura.com/his_sengoku/ にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代
○コノ文書、端に切封ノ紐ノミヲ存セリ
龍造寺山城守(隆信)事、先年依詫言深重、令赦免候處、毎々一雅意之企、殊今度松浦表錯乱已来、逆心顕然之条、誅伐無余儀存、爲肥筑検使、成大寺(豪栄)森越前(宗智)入道差遣候、就中、至有馬表一行申催候間、此節別而可被忝御心事、可爲連々申談首尾候、猶年寄共可申候、恐々謹言、
(永禄十三年カ)三月廿七日 宗麟(花押)
相良殿
龍造寺山城守(隆信)事、先年深重(しんちょう)な詫言依(よ)り、赦免令(せ)しむ候處、
龍造寺隆信の事ですが、先年 深い詫びがあったので許してやったのに、
毎々一雅意(我意)の企み、殊今度は松浦表錯乱(さくらん)已来(いらい)、逆心顕然(けんねん)の条、誅伐(ちゅうばつ)余儀無く存じ、
またまた企み、今度は松浦表の錯乱以来の事であり、これで大友に歯向かう心がハッキリしました。
これは誅伐(罪ある者を攻め討つ)以外ないでしょう(`・ω・´)キリッ
肥筑(ひちく)検使(けんし)を爲(な)す、成大寺(豪栄)森越前(宗智)入道を差し遣わし候、
肥前&筑前の(事実を調べる)検使として成大寺(豪栄)森越前(宗智)入道の二名を派遣します。
就中(なかんづく)、有馬表至り一行(いっこう)申催し候間、此節御心事別而(べっして)忝ら可(べ)く、連々(つらつら)首尾申談爲す可(べ)候、猶(なお)年寄共申し可(べ)く候、恐々謹言、
特に有馬表に着いて申し入れしてる間への御心はとりわけ忝く、細々とした首尾は申し談じます。
なお老臣にも申しておきます。恐々謹言。
宗麟がせっせと相良に北九州情勢を知らせてくれるので助かります,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブハッ!
北九州が不穏なままだと宗麟の威信に関わるからっていうのもあるんでしょう。(゜゜)(。。)(゜゜)(。。)ウンウン
で、龍造寺誅伐前に事実関係を調査する検使を二名派遣しました。
これが大友が守護職であり九州探題である所以(ゆえん)で、さっさと討伐すりゃーいいのに正規の手順は律儀に守るんですわ ・・・ポリポリ(6 ̄_ ̄)
龍造寺は大友の力には神妙にしてるけど、大友という権威に服しているわけでなく、そのあたり太々しいというか図太いというか。
検使が来たからって、ビビったり動くのをやめるような可愛らしさがないのよネー(*´・д・)(・д・`*)ネー
で、その検使が有馬表にいる間に相良が何か心遣いをしたようです。
それもあって書状を出したみたい。
詳細はあとで知らせますって言ってるし。
てことは有馬⇔相良間の海洋ルートは未だ機能してたってことかな?・・・|相良家文書|・ ̄)じぃー
ちょっと年表整理が未だ天文年間してるから、前後の事情は調べなおさないとわからんです。
島津とヤバいことになってる相良にとって、大友との友好関係は外交上必要な事。
逆もまた然り。
このマメなやりとりに、相良が大友に気を使い、大友も相良に気配りしているのが覗えます。