坪付とは、領地の土地目録のようなものです。
大友義鑑は坪付(土地目録)に袖判(そでばん)することで領地を安堵したんです。
袖判(そでばん)=文書の袖 (右端) に署した花押。日付の下に花押を書いたものよりも,受取人に対し尊大な書式。
大友氏は上から目線だったようですよ( ̄ko ̄)
日付は天文二年卯月(=4月)廿八(=28)日
つまり、この時点での田尻氏の領地は以下の通りです。
★三池郡の内、田尻12町
★山門郡の内、海津66町、竹井33町、浦6町、波江6町
★三池郡の内岩津27町、大塚12町、
★三潴郡の内神埼分5町5段
三池郡(福岡県大牟田市)の田尻がガチ本貫地です。
一番大きい領地は山門郡(福岡県柳川市)
田尻氏の居城・鷹尾城があったのは山門郡です。
地理関係はジモティじゃないのでザックリですいません^^;
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