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(包紙捻封上書)
「田尻伯耆守殿 義鑑」
(端裏切封)
「(墨引)」
就近年覚悟之要害水手相損候、至領内高(鷹)尾、可被取移之由候、肝要候、為直城、倍堅固之才覚専要之段、猶入田丹後守可申候、恐々謹言、
(天文十九年カ)
九月三日 義鑑(花押)
田尻伯耆守(親種)殿
近年に就いて覚悟の要害水の手相損じ候、領内高(鷹)尾に至り、移り取らせ可くの由(よし)候、肝要候、直ぐ城を為し、倍して堅固の才覚を専ら要すの段、猶(なお)入田丹後守へ申しべく候、恐々謹言、
これは前段階として田尻親種が本城を鷹尾へ移したいと、大友へ希望を出し許可を求めていたようです。
このように筑後は完全に大友の支配下にあり、家督相続やお引越しにもイチイチお伺いを立てて了解を得ていたんですね。
超意訳すると:鷹尾に引っ越すなら直ぐ城を作り、今までより工夫を凝らした堅固な城にしなさい、家臣にも言っとくからね
ということで大友家臣の築城に関する奉書(許可手続き)が出てます。
そのあたりは煩瑣になるので手抜きします^^/